たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

クスリの「近藤理論」は雰囲気を醸し出す

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ξ

『クスリに殺されない47の心得』(近藤誠著)を読んでいると、いささか違和感を覚えるところがないわけではありません。

データひとつで、年間の売り上げが何百億円も左右されるのは抗がん剤も同じ。

僕は「抗がん剤で生存期間が延びた」とうたう世界のデータの元論文を何千と調べ、例外なくインチキを見つけました。論文筆者リストに製薬会社社員の名前が堂々と載っていることも多く、医療界と製薬会社の癒着を物語っています。

 

ξ 

技術屋あがりの僕としては、過去の報告の誤りを正していくなら、まず数例を選択して結果内容の誤りまたは方法論の誤りを証明していくでしょう。

そして、その他大部分の報告について、例えば共通的に用いられている統計処理のような方法論の誤りがあるとみなせるなら、それらの報告は正しいとは限らないとするでしょう。

この場合でも正しいとは限らないということであって、結果内容が誤っているという意味ではありません。

そして、他の関係者の反証、評価を待って自分の証明の有効性を確認していこうとするでしょう。

 

ξ 

抗がん剤の例外のない「インチキ」とははっきりしませんが、共通的に採用されている比較試験の方法が誤っていると主張しているように思えます。

この場合でも、全ての抗がん剤データの結果内容が誤っていると証明されたことにはならないと考えられます。

何千と調べ、例外なくインチキを見つけました」と言うのではなく、正確な論文の数、例外のないインチキとはなにか、それは結果内容にどれほどの影響を与えるものなのか説明する必要があります。

警告書、啓蒙書の類にそこまで書く必要はないと言うなら、読者には著者の主張の信憑性がわからなくなります。

 

ξ 

ところでごく最近、プリンスの死去の記事を見ました。

www.asahi.com

地元ミネアポリスの中心部には何千人ものファンが集まって、夜遅くまで自分たちのアイドルをしのんだ。郊外にある自宅兼スタジオ前にも、ファンが次々と訪れ、写真を置いたり、シンボルカラーだった紫色の花を飾ったりした。ニューヨークのブルックリン地区では映画監督のスパイク・リーさんの呼びかけで何百人もが集まり、プリンスさんの曲にあわせて踊った。

 この記事でも、何千とか何百とか使われていますが、これは非常に多くの、という意味で、プリンスの死を悼む多くのファンの雰囲気を醸し出せばよいニュース記事特有の表現で、とやかく言う必要もないでしょう。

 

ξ 

同書の記載も、このニュース記事と特に異なるようにはみえないのです。

抗がん剤は生存期間を延ばさない、データは例外なくインチキであるという雰囲気を醸し出せばよいと著者は意識的ではないにしろどこかで思ってはいないでしょうか。

 

いまの薬の有効性や試験方法などに疑問がある場合、医療関係者が雰囲気を醸し出して危険性を世に訴えるだけでは患者は混乱するのです。

医療関係者による確実・地道な変革を期待したいのです。

薬が無効であれ、危険であれ、治療を実施する側が方針を変更しない限り、いつまでもリスクは患者自身が負ってしまうのですから。