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たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

杖をついていたころ

リウマチとこころ

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(afterwords 1/2)

ξ 

退院後、病院に行くためには歩くことがマスト(must)でした。

しかし足首が腫れ上がって歩くのは容易ではありませんでした。

そこで近所の整形外科で医療用の杖を買いました。

いくらか長さ調整可能な穴が付いているやつです。

僕は比較的背が高いので最長にしても短く感じるのです。

背中が丸くなりいかにも爺さんらしくなります。なかなかの雰囲気です。

これ以上長いものは特注になるとのことでした。

 

ξ 

ところで例えば右足が不自由な場合、杖は左右どちらに構えるべきでしょうか。

専門家に訊いたことはないのですが、当初、松葉杖から連想して右手に持ち左足と杖で歩くものだと思いました。

でも、この場合右手に凄い荷重がかかります。歩きにくいのです。

逆に左手で杖を持ち身体を少し左に傾けたまま歩いた方が歩きやすい場合があります。

杖初心者はどっちの手に杖を持ったらちゃんと歩けるのかマゴマゴしてしまうのです。

福祉施設に勤める妹の話では、どちらでも良いから歩きやすい方を見つけなさい、となります。

そう、別に左右バランスを取るリハビリをしているわけではありませんから。

結局、ケースバイケースで左右持ち替えながら歩き続けることになりました。

 

ξ

杖を使い出して気がついたのは、世の中には杖使用者が本当に多いという現実です。

杖に縁がないときは視力が正常でも杖は見えないようなのです。

 

もう一つ、皆さんマイ・ステッキといった感じでおしゃれで高そうな、とても医療用とは思えない杖を使いこなしておられたことです。

 

僕は自分の杖の寸法が合わず買い替えを考えていて、特に病院の待合室では患者たちの杖をよく眺めていました。

僕のように医療用丸出しの杖を使っている患者は少数派と思われました。

 

杖をお持ちの方、

すぐそばで、杖のデザインやらスペックやらチラと眺めては値踏みしている輩の気配にお気付きになるかも。

 

ξ 

やがて通院以外にも外出するようになり、妻とデパートのレストラン街に出かけたことがあります。

帰りはエレベーターで降りなければなりません。

休日の昼時でしたので不慣れな雑踏に疲れうんざりしていました。

 

エレベーター前も混んでおり、やっと止まった隣のエレベーター、僕はあわてて数歩踏み出し杖を伸ばして閉まりかけたドアに挟んだのです。

セーフ!!

ドアは開いたのですがエレベーターの中のお客さんが、

一斉に、

こちらに、

誰一人笑うことなく目を向けていたことは言うまでもありません。

きっと

挟んだときアルミ製の杖と2枚のドアからソレナリの音がしたからでしょう。

 

妻「みっともないったらありゃしない、杖ついてダッシュしてどうするの!」

僕「・・・・・」

羊たちの沈黙ヒツジタチノチンモク、とブツブツ唱える)

 

ξ 

杖を持って電車に乗るとき、一人分の空きさえあれば躊躇なく座るようになりました。

かつてないことで、何かこのためらいの無さ、妙な気分でした。

目の前に妻を立たせて座ります。

今までと正反対です。

 

以前から、たまにホームで白い杖を持った視覚障害者のそばで電車を待つことがありました。

そんなとき僕は視覚障害者と腕を組むようにしてきました。

それは僕が障害者のサポートにとりたてて信念をもっていたからではなく、目の前で線路に落ちられたらかなわねぇー、と思っていたからです。

幸い、腕を組むのを断られたことは一度もありません。

 

腕を組んで電車に乗り込むと、優先席に男子高校生がたむろしていることがあります。

僕ら二人に気付くとババーッといった勢いで一斉に席を立ちます。

学校で身障者とフツーに生きるといったことをよく教育されているのかもしれません。

あるいは、わりと大柄な僕がギロッと睨みつけたかのようにみえたのでしょうか。

 

いずれにしろ視覚障害者に空いた席に座ってもらい、他人どうし別に話し込むこともなく、僕はその正面に僕の気配がわかるような感じで立っています。

もし僕が先に降りるケースなら「すみませんが僕はここで降りますからね」と言ってお別れです。

 

ξ 

そして段差のあるバスでも何とか乗り降りできるような時期がきました。

あるとき若い母親とだっこ紐の赤ん坊が乗ってきました。

長めの髪を後ろで一つに束ね、背は高く背中は広くすっと真っ直ぐで、アスリート女子!といった雰囲気でした。

僕はこういう感じに弱いらしく、フラフラと声をかけ(失礼)僕の席に座るよう勧めました。

彼女は子供が寝ついたばかり、揺れるバスの中で座ったり立ったりしない方がいいのだと言いました。

なるほどとよく意味もわからず感心して話は終わりましたが、僕は再び席を譲れそうな体調の変化に喜びを感じていたのです。

 

パスモ(スイカ)をタッチしてバスから降りるときはまだ足元が緊張します。

無造作にリズムよく降りていく人々の流れを僕の番でいくらか止めてしまいます。

でも、ぎこちないなりにバスの降り方も、乗るたびに「うまく」なっていると感じられます。

この変化の感覚こそ日々の喜びのもとといえます。

 

 (got inspired by Ms.m’s blog articles)