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たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

「自閉症の君が教えてくれたこと」

リウマチとこころ

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ξ

12月11日(日)に、「自閉症の君が教えてくれたこと」というドキュメンタリー番組がTV放映された。

www.nhk.or.jp

これは自閉症の作家・東田直樹氏の最近の生活と心の動きを追ったものだ。

彼は重度の自閉症で会話は不可能だが、文字盤の前では言語表現ができるという驚くべき能力があったため、自閉症患者*1が心のなかでどのような思考をしているのか、おそらく世界で初めて明らかにしてみせた人物だと思われる。

彼が13歳の時記録した自閉症の僕が跳びはねる理由」は世界30カ国で翻訳され読まれ衝撃を与えた。

 

僕はびっくりして(知らなかった)この番組の録画を何度も観なおした。

上記エッセイは品切れだったのであわてて、彼が16歳の頃書いた自閉症の僕が跳びはねる理由2」(2016年角川文庫、2010年刊行版を加筆修正)を購入した。

彼の様々な思考、感情、情動、行動について、彼自身が言語にしてみることの意義、その重要性をあれこれ考えることができた。

言葉こそ彼自身が自閉症を理解でき、かつ制御できる方法だと思われた。

その言葉の役割について書いてみたいと思った。

 

ξ

しかし

番組ディレクターが、自らのがん闘病のなかで死を思い、身近な人々とのつながりが途絶えてしまうことが、自分が最も怖れていることかもしれないと言ったとき

それに対する彼の言葉は驚くべきものだった。

僕の小賢しい考察など後回し、この番組の彼の言葉を書き記しておくのが先だと思った。

自分が生き切ること!

それもなくフワフワしたつながりなんて感傷でしかない。

僕は命というものは大切だからこそ、つなぐものではなく、完結するものだと考えている。
命がつなぐものであるなら、つなげなくなった人は、どうなるのだろう。
バトンを握りしめて泣いているのか、途方にくれているのか。
それを思うだけで、僕は悲しい気持ちになる。
人生を生き切る。残された人は、その姿を見て、自分の人生を生き続ける

 

 

*1:追記:障害とは治療をしても完治しないもの、病気(疾患)とは治療をすれば完治するもの、という区分をネット上で見ました。ひどくいい加減な区分で、自閉症は障害なのだから完治することはないと断定することになります。医学、科学の可能性を否定する必要はありません。東田氏自身、当然「自閉症をすぐさま治して」欲しいと切に願うこともあるのです(「自閉症の僕が飛び跳ねる理由2」)。どうして自閉症は治療をしても完治しないと断定できるのでしょうか。一方、関節リウマチも原因が明確ではなく治療をしても完治しないと言われています。しかし関節リウマチは障害と言われることはなく僕は患者と呼ばれています。関節リウマチもゲノムワイド関連解析などにより新たな治療薬の開発がスピードアップしており将来の完治を否定できません。現時点での完治する、しないによる障害、病気の区分は不適当だと思います。