たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

「記憶」に上書きしていく意味

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ξ

職場が変わって、引っ越した町の商店街は、すでに大型スーパーが進出してながく

古くからのヤオ屋、サカナ屋、ニク屋などの生鮮食料品店は、どんどん廃れていったそうだ。

それでもそのスーパーの通り向かいに、まだ小さな鮮魚店が残っていて、時々店主のダミ声が聞こえていた。

昔からの常連で持っているような店に違いないと思っていたが

ある日、幼い子を連れた若い母親が独特のダミ声の店主と会話している、珍しい光景に目が止まった。

冷蔵ケースに背の届かぬ幼い子は、ケースの縁に手を置き、懸命に背伸びをして

ペタペタと並べられ光っているサカナやイカや貝類を眺めようとしていた。

 

若い母親にとっては、自身の母親に連れられ子供の頃から慣れ親しんだ鮮魚店だったのかもしれない。

あるいは新鮮なサカナはサカナヤサンで買うものと母親からそれとなく教えられて育ったのかもしれない。

 

その晩の食卓に並んだサカナが、店主がさばいた切り身やぶつ切りの煮付けだったのか刺身だったのかはわからないが

幼い子は、料理され口にしたサカナの由来が、昼間、母親と行ったサカナヤサンであることをはっきり記憶しているに違いない。

そして幼い子にとってサカナヤサンという言葉が生み出すイメージの原型は、母親と通ったこの小さな鮮魚店の記憶になることは間違いないだろう。

 

のちに成長して、大型スーパーの明るく美しい鮮魚コーナーでサカナを買おうとした時

あるいはコンビニでおひとり様用の干物の真空パックを買おうとした時

ずいぶんと遠くなってしまった記憶のサカナヤサンを、フッと思うことがあるかもしれない。

 

サカナヤサンとは、かつて大型スーパーに押され、跡継ぎもいそうになかったささやかな店の風景であり

そうした記憶原型、母親に手をつながれ出かけた買い物の記憶になっていたり

はたまた幼いころの母親の記憶そのものになっていたりと

その子の生活史のなかで、きっと様々に上書きされているだろう。

不思議なことに、それは記憶の再組織化のなかで起こる避け難い傾向である。

 

ξ

僕の周辺にリウマチ患者はいない。いても妻の知人女性で、遠くめったに会話することはない。

だから付き合いは自称「健常者」ばかりである。

事務的業務なので昼間は問題ないが、暑気払いがあれば中途退場である。酔っぱらった状態での駅の階段は避けたい気がする。シラフでも駅の階段は気が張っている。

夏場はアウトドアの少ない生活なので熱中症懸念からゴルフはしないが、ゴルフ仲間との暑気払いには参加している。それも中途退場である。

 

関節リウマチと言ってもどんな症状か思い浮かばない。

バーチャンの病気でないかい?

早期の多発性関節炎を主症状とする膠原病と言ってわかるヒトはいない。

膠原病という病気など聞いたこともないし、その字も分からない。

自己免疫疾患と言ったところでさらに分からない。

分からないものをヒトは恐れる。

だから僕はもう終わりだということになる。

冗談ではない、でも僕が「再生」しない限りはそのとおりだ。

 

常にぎこちなさのなかで動作していること、ぎこちなさを無視して動こうとすればガツンと痛みのお返しが来ること、この四六時中意識を離れない痛みの始末が毎日のテーマになっていること

などさっぱり理解しない自称「健常者」にまぎれていること、これは本当に良いことなのだと次第にわかるようになった。

 

時々、遠くにいる内科医の知人に経過報告することがある。

彼からは、いいリウマチ医に出会ったね、と返信が来たことがある。

自分の苦悩への随伴者はわずかでよい、周辺がそんな人々で固められていたら何と薄気味悪いことだろう。

 

「わけへだて」はあるに決まっている、「わけへだて」のあるまま、理解しない彼らにまぎれている境遇こそ患者が現実に生きる場なのだと思った。

 

社会で生きる時、丈夫なヒトと病弱のヒトがいる。

社会で生きる時、精神的に強いヒトと弱いヒトがいる。

社会で生きる時、優秀なヒトと優秀でないヒトがいる。

社会で生きる時、ミッションを持つヒトと持てないヒトがいる。*1

逆立ちしても変えようがない能力・体質の差異が最初からある。

だから、そもそも「わけへだて」があり、そういうヒトたちが互いにまぎれてザワザワ軋轢を起こしながら暮らせるのがいいのだと、ここ1~2年思うようになった。

 

ξ

慢性疼痛へのこだわりを遠ざけていく過程を振り返ってみると、2つの気付きのようなものがあったと思う。

  1. 慢性疼痛について把握可能感を満足させる程度に対象化してみるのがよいこと。*2(把握可能感↑と反芻傾向↓の逆相関)

  2. 慢性疼痛は社会的経験の上書きの繰り返しによって塗りつぶされていく可能性を知ったこと。*3(社会的サポートの有効性)

結局、ザワザワとしたリアルに開放された日常をきちっと繰り返していくこと

慢性疼痛に対し現代医学にこだわらない療法やリハビリにも幅広く好奇心を持ってみること

しかし一方、むやみに慢性疼痛解消にのめりこまないこと

を目指して過ごしていたように思える。(実際の痛みそのものがきれいに消えるわけではない)

 

「予期から大きく逸脱した出来事の記憶*4が何であれ、それによってPTSDの入口にいると感じられる時

「再生」していく道筋は 

内省し調べ語って①理解すること(把握可能感↑と反芻傾向↓の逆相関)、そして

倦まずたゆまず恐れず②社会的経験の上書きを繰り返すこと(社会的サポートの有効性)

から始まるのではないかと思っている。

 

*1:痛切なミッションを持つ主人公らの贅沢な苦悩を仮想体験するならTVドラマコード・ブルーが面白い。

*2: 

 

yusakum.hatenablog.com

*3: 

 

yusakum.hatenablog.com

*4:最近の研究者は、トラウマや慢性疼痛を「予期から大きく逸脱した出来事の記憶」(熊谷晋一郎、2013)として捉えている。