これは
の続きです。
ξ
東京から離れた「北の都」として、辛うじて残っていた温和なおっとりとした雰囲気は、いまや札幌駅周辺には全くみられない。
東京と変わらないスキのなさ、時間の刻み方だ。
札幌は、東京に圧倒的に負け続けたのだ。東京化して生き残ってきた。
こうして交通網や通信網やホテルや飲食店や遊興施設やマンションが高度に数多く整備されたのだから、道外や外国から来る人々にとって快適な街に変貌・発展したのは間違いない。
簡単にそして猛烈にヒトが行き来できる街になった。
この20年、北海道の人口は減り続け、東京化した札幌だけが突出して人口が増えてきた。道内での一極集中である。
東京化とは国籍無用のインターナショナルな都市型アメニティー(=単一・一様な社会フレームの属性)への平準化であり、ローカリティの駆逐か統合である。
僕が「東京なんかに負けるなよー!」と、いま叫ぶとすればどうすればよいのだろう。
2分法に従い、Best oneがだめならOnly oneをひたすら提示し続け、再び際限のない疲労と憔悴を覚悟するのか。
ξ
熊谷:
・・・人は自らの過去と切断されないからこそ、一貫性を持った価値観を維持できますが、今のポストフォーディズム社会*1では、あっさり過去を手放して、次々と新しい価値に飛びつく労働者・消費者が求められる。
過去にこだわりが強く、変化が苦手な傾向がある人の生きづらい世の中です。
武田:
今は、労働者個人が「自分は有用な存在だ」と証明し続けることも求められますね。
<現代人の「生きにくさ」 ゲスト・東京大准教授、熊谷晋一郎さん(その2)>
仮に僕がヒト嫌いで、一人で完結できるごく地味な仕事を好んで選択したとする。
しかしその結果、生み出された成果物は、ドロップアウトした単一・一様な社会に商品として買い取られなければ生計を立てることができない。
いかに社会を忌避しようと売るためのかかわりは、どのみち避けられない。
単一・一様な社会フレームを、「東京」で象徴させてみる。
僕らはどうせ東京と関係性を持たずに暮らせない。
そして東京と衝突するだろう。
(売りたければ周年供給しろ。バカいえ、できるもんかそんなこと。etc.)
そして東京を、傍らのヒトと、明るく愚痴ったり嗤ったり軽蔑したり
一方、東京を、傍らのヒトと、明るく遊んだり嗜んだり感心したりすることはできるかもしれない。
それが、東京に紛れている僕自身の、ザワザワとして不敵な「再生」の手がかりになるのではないかと思うことがある。
《追記=おまけ》きのう、きょうの出来事
このたびの衆議院議員総選挙に当たって、ある文化人が棄権行動を煽ったりしている。
太平洋戦争で日本人の数百万人の命を犠牲にして「獲得」した戦後憲法の、主権在民の権利を放棄してどうするのだ、と言ってみたところで
棄権に惹かれる人々の、そのベールの下にある、政治なんてくだらない、あるいは投票したって変わらないという感性には対抗しがたい。
原爆許すまじ、がヒトゴトになっていくのと同じで、現在の自分が触知できないものは切り捨てていく姿勢だ。
これは従来の僕の姿勢であったともいえる。
しかしこの1~2年、僕は投票/棄権という、切羽詰まった2分法で考えないほうがよいと思うようになった。
それが
「(特定候補の票集めのため)うちの社長が投票に行かないとウルセーからヨ!」と、クソ忙しいのに期日前投票に行かされたとしても
「あのヤロー、当選したら、全く態度変りやがって、何様だと思ってんだ、選挙中の公約なんか全然口にしねーでやんの、どした?って言ったら、宮仕えの身ですから、と抜かしやがった、バカじゃねーか、テメェ勤め人かよ!」
と身近なヒトに愚痴をこぼす事態になったとしても
単一・一様な社会のあちこちに、自分の手で関係性の手がかりを置いていくことが大切なのだと思うようになったからである。
(きのう期日前投票を終えました。)