たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年に不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつ、ドラッグフリー寛解≒実質完治を目指しています。

マスクを買うために並んだ話

これは

 世界が新型コロナウイルス感染する日本を見る眼はとてもドライだ

の続きです。

 

ξ

北海道が「緊急事態宣言」と称して、特にこの週末、外出を避けるよう道民に呼びかけた。

しかし、道内のJR、バス、車による移動制限を訴えたわけでもないし

道外からの飛行機、新幹線による外国人を含む流入制限を訴えたわけでもない。

そのような事態は、北海道封鎖、北海道武漢化といった異様な姿につながる。

つまり渡航注意とか入国禁止とか2週間の隔離とかが国家間ではなく国内のなかで発生することになる。(中国は北京を守るために似たようなことをしている)

 

こんな事態はあってはならないのだから北海道知事の危機感は理解できる。

しかし、即可能なことには限界があるので、外(人混み)に出ないという究極の「自衛」策を呼びかけることになる。

それはワタシ(たち)のような病気持ちはすでにやっていることでもある。

  

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https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6

  

ξ

ところで、ウイルス検査は3800検体/日と説明しながら実態はせいぜい900程度、マスクは1億枚/週と説明しながら毎日並ばないと家族の必要量が手に入らない。

 

ワタシたちはたとえば韓国のドライブスルー検査の映像を見ているのに

大本営は、なぜ韓国と日本と圧倒的な検査数の差があるのか、簡易なドライブスルー検査とは何か、今の国内の検査体制とどう違うのか、なぜ日本では導入されないのか、それを導入したらいったいどういう不都合があるのか、言わない。

 

中国専門家は、中国各地の患者1000人以上の臨床データから

「感染者の早期の隔離や早い段階での診断と治療が致死率を引き下げる」可能性があると結論付けている。

 

専門家会議は、軽症状の患者はウイルス検査もせず自宅待機させ重症になったら治療するという姿勢だし、それが当たり前だと勘違いしているから

オンライン診療オンライン相談という非接触で医師にも患者にもメリットのある緊急の仕組みを構築できない。

 

www3.nhk.or.jp

 

仕方なくワタシたちは、民間にできないわけがない日本のコロナウイルス検査の仕組みを、まるで陰謀論を探るように調べ始めることになる。

そして無用な政府不信を持つようになる。

 

ξ

メディアは、マスクが、まるで不埒な庶民が買い占めしているかのように喧伝する。

しかし売り惜しみ調整が可能なのは、メーカー、卸、小売と、そのどこかにいる転売業者のはずだ。

ごく少量をネット転売している庶民がマスクの足らない原因だとは誰も信じていない。

 

我が家のマスク在庫が怪しくなったので

平日早く、買いに並んだ。

今週始め都心で目撃したのは、二つのドラッグストアの、それぞれ30mくらいの人の列、10時の開店前だった。

出てくる客の手元を見ると、薄いパッケージが1つだけだった。

あんなもののために並ばなければならない。

 

たまたまワタシは列の2番目、しかしすぐバラバラと長くなった。

「家族の分が足らなくて」

「娘が受験するので」

という女性の話し声が後ろから聞こえた。

たくさんは買えないのだから、この女性は明日もあさっても並ぶかもしれない。

家族ジーちゃん、バーちゃん、夫、子ども、受験生)を抱えた庶民は強くたくましい。

 

政治権力者も医療権力者も、手袋をしてニット帽を被って、こうして並ぶ庶民の胸中の「阿呆らしさ」「苦々しさ」を思い浮かべることはないかもしれない。

 

マスクなんかしなくたって、という御託はいまさら聞きたくない。咳やクシャミの飛沫を吹き飛ばしたくないだけだ。

(ついでですが、トイレットペーパーはデマのおかげで店頭にありません。)

  

ξ

首相が、全国すべての小学校、中学校、高校について、3月2日から休校とするよう要請したことは、基本方針具体化中の自治体・学校関係者ほか庶民を驚かせた。

この2/27に突然表明された全国一律休校要請の最大の欠点は、子どもの「居場所」が全く検討されていないことだ。

学校から追い出したとして、子どもの「居場所」がどこになるのかわからない。

1億総活躍で共稼ぎを誘導してきた国の庶民が、家庭だけを子どもの「居場所」にできるはずがない。

一戸建てより監獄と同じ構造をしたマンション・アパート型の居住施設への変化が急速に進行しているなかで、地域共同体もさっぱり期待できず、「となり近所」無し、なにもかも家族で抱えて耐えるようになっている。

 

そこで、3.11と同様、今回もそこそこ丈夫な祖父母が動員される。

一方「となり近所」もいない、祖父母もいない家庭の負担は誰かが減らさなければならない。

結局のところ

立憲民主党のように「すぐに撤回すべきだ」とヒステリックに騒いでも無意味で、萩生田文科大臣の2/28発言がまともで正しい。

 

● 臨時休業を実施する期間や形態については、地域や学校の実情を踏まえて、設置者において様々な工夫があってよい。休校の期間などは、柔軟に対応してもらいたい。

 

これに沿って、各自治体や学校や地元住民が体制を創意工夫していくことになる。

国が、責任逃れのために統一基準を示さず、自治体や学校に判断・責任を押し付けようとしていると騒ぐのは日本「リベラル」のような全体主義者だけである。

 

学校運営はもともと自治体が決めるもの(先行的に一部休校した自治体があったように)である。

本来、今回の一律休校要請以前の基本方針「臨時休校を適切に実施する」、「一律に休校を要請するものではない」という通知で十分であった。

地元住民がどんどん声を上げて、互いに「自衛」して自分と家族を守っていくことになる。

これから自治体や学校や地元住民による非常時自治の取組みがいくつかは目に見えるようになると思っている。*1