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たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

メトトレキサートを休薬する

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メトトレキサートようやく休薬

5月で2mgまできていたメトトレキサート(MTX)がついに休薬になった。

パリエットプロトンポンプ阻害薬)も同時に無くなった。パリエットは発病直後から併発した逆流性食道炎でも役に立った。夕食後は間食を諦める、枕はやや高めにして寝るなどはいまだに続いているが、関節リウマチ改善につれ逆流性食道炎も改善した。

 

さて、かなり具体的だった産業医大第1内科学講座のMTX単剤処方の休薬手順*1

  1. 臨床的寛解にあること
  2. 寛解状態が6カ月持続していること
  3. NSAIDs、ステロイドが中止になっていること
  4. MTXを1-2mg/月ずつ減量し中止(RF陽性の場合)

と比較してみる。

 

当方は

1の臨床的寛解はOK

2の6カ月以上は曖昧

3は、ステロイドは完全中止、NSAIDsは関節リウマチとは関係不明な腰痛で時々使用

4は、CRPが基準値以下かつMMP-3が2桁台に下がった頃から8mgに減量、その後2~3カ月ごとに2mgずつゆっくり減量。この減量間隔は通院の都合に合わせ柔軟に採用されたように思える。

 

担当医は、一部関節に腫れや痛みが残っていても変形性関節症という考えのようだった。

このため患者からみると、明らかに寛解期間6カ月以上(DAS28-CRPで)だったかどうか曖昧だが、それ以外は引用した休薬手順から外れているところはなかった。

 

動かすが勝ち!

NHK-Eテレきょうの健康」の関節リウマチ特集(5/15~18)では、多少痛みがあっても「1日に1度 すべての関節をフルに曲げ伸ばしする」ことの勧めが印象に残った。

関節リウマチは、放っておけば、関節やその周辺の筋肉が固まっていくと思わなければならない疾患である。

痛みや腫れがあると、可動域についてどうしても安全側の判断に傾いてしまう。

その結果、いつまでたっても痛みが引かない、動かないということはあり得る。

ここ半年ばかり「動かすが勝ち!」としきりに思っていたので

「1日1回はすべての関節をめいっぱい」という指導は、イイネェーと思いながら観ていた。

もちろんCRPが高く全身に倦怠感があったり、患部にあきらかに炎症を感じる場合はほどほどにする必要がある(というよりやる気が起きないはず)。

 

治療の継続は欠かせない

とりあえずドラッグフリー寛解の状態に達したとはいえ、べつにきれいに自覚症状が消えたわけではない。

僕は、寛解となればどこにも不調が無く鼻歌まじりの毎日が実現するとバカみたいに考えていた。

実際には、あっちこっちの関節のふとした動きに伴う痛み、特にアウトドアの運動後のキシむような関節の痛み、だるさ・倦怠感、慢性腰痛、軽度の不眠などスカッとした毎日にはならない。

これは膠原病ではなく、発病後の廃用や加齢退行により表面化した変形性関節症非器質的疼痛などの類といえなくもない。

 

しかも発病をきっかけに自分の免疫機構には癖があるらしいとわかってしまったので、ギックリ腰でも繰り返されるように、今後再発がないとは信じ切れない。

きょうの健康」で女子医大・山中寿氏は、患者本人すなわち「自分ができること」として「治療の継続」を最初に挙げた。

減薬過程を続けることは、薬依存をやめていくことと同義なので

過労を防ぐ、栄養失調を防ぐ、睡眠不足を防ぐ、リハビリ運動を欠かさないといった自分自身による日常対策が前面に出てくる。

無茶をしても炎症が再発したら、痛くなったら薬に頼ればいいという選択肢を遠ざけていく過程なのである。

 

結局、関節リウマチの再発を防ぐには自助努力がいるのであって、かつてのように自分の身体は使い捨てみたいに考える生活は組み立て直さなければならない。

たとえ処方される薬がゼロ(NSAIDsや湿布70枚は当面無くなりませんが)になっても、通院して検査を受け担当医の判断を聴くことは、自助努力の歩みの不安をきっと軽減してくれるだろう。

 

 人生無限だ!という時間感覚

リハビリの3本柱は

① できない原因を直接解消するよう繰り返し練習する。

たとえば動きにくい関節や筋肉の曲げ伸ばしといったプログラムである。

② できないことをできる能力で補う。

たとえば左足が不自由であれば右足や上半身により動きと速度を補う。右手が不自由であれば左手の機能を強化する。

③ できない部分に補助具を装備する。もっとも簡単なものは杖。

とのことである。

 

最初はこれがなかなか理解できない。

①ばかりが頭に浮かび悪戦苦闘する。

そのうち②が思い浮かぶ。これは障害の受容とセットの感覚であり代償可能な身体・脳の機能に気付いて訓練することである。

そのとき歩くのが跛行的でもいいじゃないか、美しくなくてもいいじゃないか、元通りでなくともいいじゃないかと思うようになる。

そして治癒するとは、もとに戻ることではなく異なる姿で再生することだと気付くようになる。*2

このとき何かホッとしたような感覚がパーっと目の前が広がる。

 

これからも、時々のそんな気付きに出会うことだろう。

たしかに従来の暮らしが揺らいでしまうと、必然的に

どうみても立派だったとはいえない自分の精神史・生活史の振り返り

もう一つ

自分を生かし制約もした外部環境、単一・一様な抑圧的な世界

ぼんやり考えることが多くなる。

それらは今後の勉強や挑戦の対象になっていくだろう。

いまは

  1. 身近な家族に負担をかけないよう再発防止を優先する生活を送ろう。無茶・無理という生活から縁を切ろう。
  2. 残っている痛みや動きの悪さは関節リウマチとあまり関係付けず、新たな改善方法・リハビリに取り組み、少しずつ消し込もう。
  3. 今後の生活パターンのなかで、時間的・体力的余剰が生まれてきたら厭わず新たな勉強や挑戦をすすめよう。このときは人生無限だ!くらいの時間感覚で楽しく、急がないようにしよう。