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たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年初めに不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつドラッグフリー寛解を目指す。そしてゆっくりとリウマチ治療について考えていきたいと思います。

リウマチ患者の心をもてあそぶな

治療法の選択 リウマチとこころ

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ξ 

心理(面から患者に接近して心のあり方を問題視する)療法家は、関節リウマチの原因は心に問題があるからと強調します。

これには根拠があるのでしょうか。

 

《病因》

完全に病気の原因がわかっているわけではありませんが、患者さんの免疫系(細菌などから体を防御するシステム)に異常があることはよく知られています。このため遺伝子の何らかの異常か、感染した微生物(ウイルスや細菌)の影響か、あるいはこの両方の組み合わせによって起こるのではないかと考えられています。

(リウマチ情報センターHP)

 

また最近の知見として、

遺伝的要因(家族に関節リウマチや膠原病の患者がいると数倍の発生率となる。HLA-DR4を持つと関節リウマチになりやすい。)と、

環境要因である喫煙・塵挨などによる肺障害、歯周病の原因菌、パルボウィルスB19などの感染症、過労・ストレス

などが挙げられます。

 

ξ 

関節リウマチの原因と考えられているもののうち、患者の心の問題に関連しそうなのは過労・ストレスくらいでしょう。

患者の心をグチャグチャいじりまわし趣味として分析してみるのは勝手ですが、

詐病ではなく実際に身体が急性・慢性関節炎を起こしているのに、

西洋医学的に言えばろくなエビデンスも無いのに、

心のあり方が重大な原因であるかのごとく言い広めて平然としているのはどういう神経の持ち主なのでしょう。

心的な構え⇒急性・慢性関節炎に至るフローの医学的な説明をいったいどのようにするのでしょうか。

 

ξ 

患者に心の動揺があるのは、

発病以前にもフツーの人々との間にあった距離感を、それは性格・個性というものと自分に言い聞かせて予期してきたのに、

新たな身体の不自由、不調によって、もはやそれは個性だと自分を納得させることもできず、予期不能のままフツーの人々との距離感が一方的に拡大してしまったからです。

埋めがたい感触を伴って、です。

自然なプロセスとしてそれに自責、自虐の念が混じることがあります。

さて、この場合、患者の心に何か問題があったというのでしょうか。

 

ξ 

対応策を考えてみましょう。

身体の活動能力が低減しているのですからそれを60%なら大丈夫と仮定します。

 

  1. 仕事、家事、家族の世話をすべて60%に落とす。
  2. 生活のため仕事は稼働率を落とせないなら家事、家族の世話を大きく落として全体として60%に落とす。
  3. 仕事が炎症を起こしている身体に直接負荷がかかるのなら配置転換、転職をする。

 

こういう具体的でありふれた方法以外何があるというのでしょう。

だから本当に必要なのは慢性疼痛と同じように「社会的サポート」*1なのです。

 

  • 家事、家族の世話を代行する
  • 本人の行動を介助する
  • 新たな仕事のために配置転換、転職を世話する
  • 一緒に気晴らしにカラオケのような遊興、会食、旅行をする
  • 本人にありったけの語りを許す信頼感ある人物を傍におく

 

こうして多様な人々との関係の中で本人の生活が成り立っていることが自覚できるようになれば、

寝食を惜しんで心身を孤独に酷使してきた完璧主義、いつでも人から誉められていたいいい子主義

のような頑迷さは氷解していくでしょう。

人々との距離感は予期できるものに変わり、心の動揺は次第に収まるでしょう。

心を入れ替えようと努める必要などないのです。

 

ξ 

医師、心理療法家は、

上記のような「社会的サポート」をする気はないでしょうから、「随伴性サポート」の延長線上にいると思われます。

医師は処方箋を書き治療すると言う意味で随伴性サポートはある程度成り立ちます。

心理療法家は患者の心の問題を強調・拡大してみるしか患者に入り込めません。

そして家族・介護サービス・患者グループのように「社会的サポート」を行うことも無く、随伴性サポートのままですから、

同病相憐れむかのように、一緒に傷を舐め合って堕ちていき、病気が好転する契機を失う可能性が高いのです。

 

関節リウマチはメンタルな病気ではないので、「社会的サポート」の手段を持たず患者の心をほじくり出す心理療法家はただただ不快で、儲けのためでなく善意であっても用心したいと思います。