たかがリウマチ、じたばたしない。

2015年に不明熱で入院、急性発症型の関節リウマチと診断された中高年男子。リハビリの強度を上げつつ、ドラッグフリー寛解≒実質完治を目指しています。2019年9月から「身体・心・希望!」をテーマの中心にしています。

「命を守る行動」のあれこれ ~ ホームレスを受入拒否する避難所 1/2

➊ 「命を守る行動」のあれこれ

 

10月12日、土曜日は、少し無理をすれば避難所に行くことはできた。

週末から連休だったし、もしも人が溢れていたら困るなぁ、という呑気な気持ちもあった。

自主避難向けに避難所の一部が開設されていることは市のHPで分かっていたので、朝早く、確認のため市役所に電話した。

市役所の職員は、次のような対応だった。

  • 近所の堅牢な建物に避難できるかどうか。
  • それが無い場合に、2階、3階といった上の方に避難できるかどうか。
  • それらが無い場合に、避難所を利用して構わない。

もちろん行政から住居の具合をいちいちチェックされるようなことはあってはならないことだから、避難所に行ってしまえばよいのだが

  • 最も近い避難所は開設されておらず、すでに横なぐりの雨の中では到着まで結構たいへんだと思えたこと
  • 自宅は川から数キロ離れ、いくぶん高台にあり氾濫による浸水はあまり心配していなかったこと
  • 家は古くはなく比較的堅牢で竜巻でも来ない限り、全壊まではいかないだろうと思えたこと

から電話を終えた後、結局、自宅に留まることに決めた。

 

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ξ

ワタシは、夜の暴風雨のなか、孤立して家に留まり、ガラスの飛び散った真っ暗な室内にいるよりは、他人であれみんなでいたほうが明らかに不安が和らぐような気がしていた。

だからリュックサックには水、食料、タオルケット、ラジオ、スマホのような通常品のほか、退屈しのぎの本まで入れていた。

 

ところで行政からみれば、そんな気分で、もし全市民が避難所に来たら、絶対収容できるスペースはない。

気象庁やNHKのアナウンサーがやたら「氾濫」させていた「命を守る行動」という大げさに聞こえる言葉の意味が少しは分かる気がした。

まずは自分で安全な場所を確保できるかどうかから考えよ、という意味だと思った。

だからワタシには冒頭の市役所の担当の発言は特に傲慢な態度とも思えなかった。

 

ξ

自宅に居ることを決めたワタシ(たち)は、妻と南側のガラス戸を、梱包テープのような幅広透明テープで、十字、バッテンに細かく貼りまくった。

これは剥がした後で、必ず接着剤がガラスに残るのでその除去を考えたらやりたい作業ではない。

しかし、命を守ることが対策の基準なんだ、と思えば取るに足らない苦労に違いない。(翌日、案の定、指と手首はさらに腫れて曲がらなくなりましたが)

 

ほとんど常時、表示させていたNHKデータ放送の時間ごとの洪水、雨、風速の予報によれば

土曜日、18時から24時までの6時間が、南からのとんでもない暴風のマッカッカの警戒表示になっており

真夜中以降は、徐々に北向きに風は変わり、風速の数値も次第に小さく、マッカッカが消えていく予報になっていた。

つまり停電と、南からの暴風雨による家具、ガラスの散乱をとりあえず重大な被害として、それからの命の守りをどうするか考えればよいと思った。

 

ξ

リビングやベッドのある南側の部屋から、布団、水、薬、懐中電灯、その他日用品や非常用品をほとんど全部、北側の部屋に運んでドアは閉めた。

重量物であるソファーや机は南側カーテンを挟むように押しつけ、少しでもガラス飛散の防止に役立てようとした。

この結果、南側はガランとしてまるで入居時のように妙に新鮮な感じがした。

水満タンのポリタンクやペットボトルは、3.11以来常備しているが、上水道がダメな場合に備えて風呂に水を張った。

そしてTVのない部屋で、時々「NHKニュース防災」のTV同時放映を眺めていた。

 

ξ

いつ聞いてもヘンな感じがするヘンな話だが、地域に避難準備・高齢者等避難開始の発令がされたのは、関東を台風が通過真っ最中の21時前である。

真っ暗な外の暴風雨の轟音だけでなく、家がきしんでゴワンゴワン鳴っている。

どうしろというのか。

道筋の安全も保障されずに避難所に向かえと言うのか。

発令ハシタカラネ、ウチハチャント出シタカラネ!

という災害行政のアリバイなのか。

 

この後に出るかもしれない避難勧告、避難指示の発令(市町村長名)も同様だが、そのはるか以前に勝負はついている。

数日前の気象庁の予報で、自分の住居が浸水しそうである、吹き飛びそうである、よってワタシや家族の命が危ないと予想したなら、その時点で避難場所を確保しておかなければならなかった。

 

ワタシの知人は、家族ともども近くの知り合いのマンション(高層階)に、12日の早くに移動する手はずになっていた。

行政に頼るのならば、ワタシの地域のように12日の早くのうちに、二日分の水、食料くらい持って是が非でも自主避難場所に移動するしかない。

避難準備・高齢者等避難開始、避難勧告、避難指示の発令は、特別警報と同様に、実際には、命だけは何とかなるかもしれないと思える場所で聞き流すべきものでしかないように思える。

 

ξ

繰り返しだが、それは嵐が来る前、川が増水する前が勝負だといえる。

ところが実際には、嵐のはるか以前に何もかも投げ出して逃げ出すのは多くの人にとって難しい。

氾濫注意情報、氾濫警戒情報も、避難準備などの警戒を求めるとしているが

ワタシの家に近い下流地域でこの情報が発表された12日夜中の暴風雨のさなか

住民が避難のために屋外を移動することなどほとんど不可能である。

この場合、ごく近くの頑丈な建物の上の方に移る、自宅の2、3階に移ることを選択するしかない。

そして翌日以降の救助隊の救助をあてにして待つことになる。

「命を守る行動」=避難する、とはそういう選択まで含んでいるはずだ。

 

ξ

どんな災害であれ、誰かが直ちに助けてくれるわけではない。

どんな災害であれ、誰かがずっと助けてくれるわけではない。

 

3.11の時、帰還困難区域という設定の仕方に衝撃を覚えた。

また話題になった70%が海抜ゼロメートル地帯江戸川区ハザードマップ「ここにいたらダメです」(=江戸川区から逃げよ)は、案外、住民より行政担当者に、ピンと来る人が多かったかもしれない。*1

これだけ大地震・大型台風のような大災害が日本に多発するなかで、被害予測は抜かりなくできても災害予防、災害支援の手段が無くなっているようにみえるからだ。

ワタシたちも、そうかもしれないと感じ始めている。

避難とは文字どおり「命を守る行動」であり

逃亡から残留までの幅のある選択肢のなかで、自らが決定する命がけの選択だといえる。

 

ξ

ワタシ(たち)が、まだ冷や冷やしながらも山を越えたと思っていた13日、長野を含む東日本に、あまりに広域に被害が現在進行形で発生していることを知った。

同時に、台東区が避難所に来た「ホームレス」を追い返していたという問題もニュースになっていた。